『自分磨き』の本当の意味

 音声心理士基礎の半年間の講座を通して、一番強く感じたことは「知っていると思うことは毒になる」ということでした。物事に対する関心やモチベーションの源が、これはいったい何だろう、という純粋な好奇心なので、知っているものだとどうしても一歩引いて傍観してしまうのが私のパターンだったためです。ある程度知っていることでそれなりに満足してしまうので、さらにもう一歩踏み込むことがなかなかできずにいました。

 自分を掘り下げていくことに関してもこれは大いに影響し、これはこの要素とあの要素が混ざってできるものに反応しているんだ、そういうことか、と「わかったつもり」にさせられてしまい、いつも同じところで足踏みをしているようなもどかしさがありました。一方で、それで良いとも思っていました。

 このパターンにちょっとした変化が起きたのは、シェアの場でほかの受講生の話を聞いているうちによく似た自分の体験を思い出すことが増えてきたことと、私にとっての当たり前が、多くの驚きをもって受け止められていることに気づいてからです。

 集合意識での繋がりや、外世界が私の内世界の反映であることや、類は友を呼ぶ・波動一致の法則などは、何度も繰り返し触れてきた「概念」でしたが、それが「どういうことか」ではなく「どういう感覚か」が分かるようになってきました。外側の世界がこうなっているのは私の内側がそうだからなんだな、という見方が、私の内側にこういうものがあるから外側でこういうことが起きるのか、という気づきに変わっていくのは今までに体験したことのない面白い体験でした。

 私には、「自分の形を知りたい」という強い欲求があり、それは外側から自分を触っていくことでしかわからないと固く信じていたので、周囲には私の寸法を測る物差しとなる人がどうしても必要でした。他人との比較や関係性の中で自分の大きさや形、色などをはかってきたため、周りの人が変わると自分の姿かたちも変わってしまい、大いに困惑させられることも。そして、それは大変にくたびれることでした。そんな生き方をやめて、人との関係性に左右されない自分の核を見極めたい、私に天賦の才があるならばそれを発揮し尽くしたい、と思って始めたことに行き詰まりを感じていた頃、この講座に出会いました。

 私がやっていきたいことのためにどうしても必要な、「自分を開く」「何もせず、ただありのままの自分で在る」ことが、体験できるのでは?という期待をもって取り組んだこの半年間でしたが、甘く思い描いていた奇蹟はまだ体験できていません。それでも、周りの人との関わり方は変わってきたように思います。

 ほんの少し、人が踏み込む余地を自分の内側に広げるだけで、親密度はぐっと上がるようです。今までの自分が「ここがダメ」と思っていたところが、自分以外の人にとっては何でもないことなのだとわかって安心するごとに、曇った鏡に映る自分に向かってダメ出しするのに忙しくて、周りが見えていなかったことが何となくわかってきました。これはまだまだ「他人から与えられる安心感」なのですが、少しずつこの安心体験を積み上げて自分の軸を強くしていきたいと思います。

「自分磨き」と称し、いろんな知識を頭に詰め込んできましたが、知識は私を磨くよりも飾る力が強いものでした。音声心理士の講座は、外側から得たもので飾り立てるよりも、一つ一つ飾りを外し、ただの「わたし」を磨くこと、そのヒントを与えるために、たくさんの人が私に色んな形で関わってくれているのだと感じることのできた不思議な時間でした。

40代 女性

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