基礎6か月間の記録

【2012年2月 問題提起】
スクール初日の夜、夫から「子供が欲しい」という理由で離婚宣告を受ける。しかし子供が出来なかったのはそちらの事情だったはず。なぜ今頃になって私のせいにされているのか?夫は自分の収入基盤が整ったことで、もう私を必要としていないということなのか。
しかしこの結婚は私にとって、「この人と一緒にいる限り子供は産まなくていい」という女性性からの逃げだったことも事実。私は夫を都合の良い隠れ蓑にしていた。その蓑が外されるということは、女性性のテーマに向き合うタイミングが来ているのかもしれない。
時折動揺する心を、スクールで教わったトーニング瞑想により落ち着ける。声の波形をとるとライムグリーン・イエローだけが突出。

【2012年3月 自己価値の模索】
復帰した仕事や新たな仕事で手一杯になり、女性性テーマはいつの間にか棚上げ状態に。
スクールでは、日常生活の中で自分が「反応」するポイントを見つける、という宿題をいただく。
私の場合、
過小評価された・心配された・任せてもらえない・分析された
と感じる場面で「反応」が起きているようだ。

【2012年4月 自己価値・自尊心テーマ】
新たな分野の仕事に挑戦し、少しでも役に立とうとあれこれ考え、形にしていったところ、男性目線からの高い評価を受け、有頂天になる。
しかし一転して女性目線からは「こんなふうにされちゃってる」と批判を受けショックに感じる。
この頃から、良かれと思ってやったことが次々と裏目に出るようになり、自分に求められていることが何なのかわからなくなる。
しかし、自分の行為に対し批判を受け傷つくということは、その自分の行為自体、決して愛から出たものではなく、賞賛を得たいがための行為であり、期待した通りの反応が返ってこなかったことにがっかりしているだけではないのかと気付く。
他の受講生の方々は声の波形が変化を始めているが、私は全く変わらない。

【2012年5月 被害者意識】
評価を得るために勝手になんでも背負い込んでやっていただけと気付いたことで、余計な部分を見極め、一線引くことを意識。
しかしこの頃から、今度は「させられてる」「ふりまわされてる」という被害者意識に支配されはじめる。
上から目線でバカにされたと感じる出来事があり、激しく反応。このあとかなり引き摺ることになる。
何に対しても全くテンションが上がらず、スランプに陥る。

【2012年6月 停滞】
マインドのループと思考停止状態を行ったり来たり。
信頼と依存の違いとは?「とりつかず流す」と「見ないふり」は何が違う?愛って一体なんなのか?
スクールでは感謝ノートをつける、という宿題をいただくが、条件付きの感謝しかできない。
素直に祈ることもできず、しらじらしく感じてしまう。・・・埒があかない。
とここで、そもそもこのストレスの原因は自分が「構えすぎた」ことで引き寄せたストレスかもしれない、と思いつく。
なぜ構えすぎてしまったのか?前評判を鵜呑みにしすぎていたから。
どうやら影響力のある人の意見を、そのまま自分の意見としてしまっていたようだ。
ここで初めて、波形でいうオレンジ・ゴールドのテーマがあるのかも、と気付く。

【2012年7月 打破 スクール修了】
この頃、声の波形からもオレンジのシグナルが出始める。他の受講生の方のシェアリングを聞きながら自分に置き換え、自分の内面を見つめてみると・・。
何かから逃げている、見ないふりをしている、分かったふりをして浅いところでまとめようとしている、対処したつもりになっている。
なぜ?怖いから。何が?ふたを開けるのが。
ここで、先生から「ショックだったこと」というお題をいただき、再び夫との関係を見つめなおしてみた。
いくつかあるショックを受けた出来事の共通点は「失う」こと。
なぜ失うことが他の出来事よりショックが強いのか?
・・・自分軸がなく、完全にその対象にゆだねきって依存していたからだ!
依存的な自分なんて絶対に認めたくはなかったから、自尊心を過剰に強めることで、依存的な自分を隠していたのかもしれない。
かたくなに出続けていたライムグリーン・イエローの下に隠れていたオレンジのテーマを発見。

~基礎を終えて~
半年間マインドの中をぐるぐる回り続け、たいしたシェアは出来なかった私も、ようやくスクール最終日にマインドから本質へ向かうマンホールのふたが見えてきました。お陰様で音声心理基礎が終わったあと、音声心理士研修でもどんどん掘りがすすみ、自分は依存的で軸のない部分を隠そうと理論武装し、いつしか本音本心が何なのかわからなくなっていたことにも気付きました。

思い返せば結婚生活も、常に被害者意識がつきまとい、被害者でいさせてくれる夫の存在に依存していたのです。
そこに気付いてから、今回の離婚の意味がようやくわかりました。
自分を取り巻くいくつかのものが壊れていくことで、自分のエゴを守るために存在していたプライドが浮き彫りになり、その不要さにも気付き、ようやく今、「ただ、させていただくありがたさ」という感覚を感じ始めているのは、プライドが溶けはじめているからでしょうか。

何年も心理学に傾倒していたことが、結果的には知識・概念ばかりをどんどん増やして自分の心を曇らせてしまっていたことを、教えていただきました。
そしてこれは、決して一人では進むことのできなかった道。的確な導きをして下さる先生、そして共に手探りしながら同じ道を歩む仲間がいて、初めて見えてきたことです。
おそらく一生のお付き合いをさせていただけるであろう(と私は信じている)先生と仲間たちに、感謝です。

30代 女性

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